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    20世紀の作家映画と経済

     この記事は、中学生レベル以上の文章読解力をもつ人間ならだれでも理解できる内容と文体で書くつもりである。後半には、大半の日本人にとっては意外に思えるはずの内容が書かれている。それを中学生レベルの文章読解力のある人々、特に若い人々に知ってもらいたい。なぜなら、2015年現在は、映画を含む諸芸術や経済についての既存の薄っぺらな“常識”を、最新の研究に基づいて疑問に付すことが必要な時代だからである。今後、変化はますます加速していく。

     まずは、“作家映画”について知らない人のために簡単に説明しておこう。ただし、映画理論史を振り返ると長くなるので、あくまでも一般論としての説明である。

    作家映画とは、映画作品が監督(及び脚本家)個人の世界観や思想、美意識、映画観の具体化であるような映画である。或いは、少なくともそのように観客や批評家が受け止めている映画のことである。

     つまり、配給会社が監督の名前を全面に出して公開したり、ソフト化している作品は、少なくとも“売り手”にとっては作家映画として扱われている。また、映画を1年に一度しか見ないような人が、ある作品を気晴らしとしてではなく監督個人の創作として受け止めるだけの十分な理由が作品自体に見出せるのなら、それは作家映画である。だから、作家映画の範囲は相当に広い。

     当たり前のことだが、作家映画も他の文化的商品と同じように最終的に生産にかかった経費(制作費)を回収し、何らかの利益を出さなければならない。そのためには、社会の中に、作品が作者個人の世界観や思想、美意識、映画観の具体化であるような映画に対する、一定以上の需要がなければならない。どの程度の需要が必要かといえば、ひとつの国だけで数千~数万人以上である(数千人以上はソフト、数万人以上は劇場公開)。

     最低限の生活に必要な衣食住以外の商品、特に文化的商品の消費(或いは鑑賞)は、その商品の専門家(製作者や創作家、研究者など)でない普通の人々にとっては“趣味”でしかない。そして“趣味”というものは、戦争や大恐慌や、それほどでなくとも大きな社会不安に見舞われた場合には、最初に切り捨てられる。経済的に余裕のある普通の人々の場合は、“他にもっと重要な問題がある”と考えて政治参加を始めたり、あれこれの基金に寄付したり、資産運用の方法を考えたり、節約したりし始める。不況や停滞の影響で経済的に苦しくなった普通の人々は、生活の維持のために趣味を切り捨てる。

     作家映画は、普通の人々(90%以上の人々)にとっては、明らかに“趣味”の対象である。一日や二日断食してでもある映画を見に行くとかそういった行動は、普通の人々には期待できない。つまり、作家映画とは、ある社会の経済が悪化した時、最初に切り捨てられる商品の一つなのである。だが、このことは、作家映画に限らない。クラシック音楽や文学作品でも同じことが言えるはずである。


     黒澤明の『素晴らしき日曜日』(1947)は、そのことを端的に示している。この映画は、終戦直後の若い恋人たちの一日を描いている。彼らはなけなしのお金でデートをしようとするが、日比谷公会堂で演奏されるシューベルトの「未完成交響曲」のチケットも手に入れることができない。彼らにとってクラシック音楽の鑑賞は、精神生活を豊かにする“趣味”である。人々が希望を見出せないほど全体として貧しい社会や、貧富の格差が極端すぎて芸術作品が“高級ブランド”化するような社会では、基本的にそれらへの需要は非常に少なくなる。そして、いずれの場合も、困窮した者には消費(鑑賞)がほとんど不可能になる。第二次世界大戦後の数年間、敗戦国に限らず、戦場となったヨーロッパの連合諸国もソ連も、第一の課題として経済の復興による国民生活の安定を目指さねばならなかった。

     拙著『タルコフスキーとその時代』の中に、ちょうど『素晴らしき日曜日』に描かれているのと同じ、戦後復興期のソ連におけるアンドレイ・タルコフスキーの体験を紹介した部分がある。母親のマリヤは、女手ひとつで彼と妹マリーナを育てながら、戦前から音楽に才能を発揮していたアンドレイ少年とマリーナに、ベートーベンの交響曲全曲の生演奏を聞かせるために予約券を買った。1948年の晩夏のことである。マリーナの回想によれば、アンドレイは演奏会に感銘を受けたが、実はマリヤには当時、ストッキングを買い替える金銭的余裕さえなかった(拙著13~14ページ)。


     ベートーベンの交響曲全曲の生演奏を聴くのに、一回のコンサートだけで済むことはあり得ない。彼らはモスクワのチャイコフスキー音楽院でそれを聴いたので、『素晴らしき日曜日』に描かれた日比谷公会堂でのコンサートと同様かそれ以上の格だと思われる。黒澤の映画では、ダフ屋が安いチケットを買い占めたために買えなかったことになっている。それにしても、自分が働いて稼いだお金しかもっていなかったはずのマリヤは一体、どうやって親子3人分のチケットを、何度も買えたのだろうか? タルコフスキーの自伝的要素の強い映画『鏡』に描かれているように、自分のアクセサリーを売ったりしたのだろうか? だが、あのエピソードはモスクワ市内が舞台ではなく、農村地帯である。独ソ戦が始まって母子が彼らが疎開したり、夏だけ農村地帯で住んでいたのは、1941年から45年までであるから(拙著10~11ページ)、上記のコンサートに行った時期とは違う。

     ごく最近になって、私のこの小さな疑問に答が出た。当時のソ連では、総じて一般消費者向けの物価が安く、それは国家が定期的に値下げを行っていたからなのである。ロシアの経済学者ヴァレンチン・カタソーノフ博士は、そのことを当時の資料を用いて証明している(カタソーノフ、『スターリンの経済』、2014年、モスクワ、ロシア文明研究所、67~71ページ)。

     カタソーノフ博士によれば、“スターリンの経済”モデルが実は先進工業諸国よりも効率が良く、そのため戦後の復興も急速に遂げつつ、戦争による死者がソ連よりもはるかに少なかった連合諸国よりも早く、1947年には食糧配給制度をやめることができた。同年末に実施された一般消費者物価の値下げ、そしてスターリンの死まで継続されたその政策は、国庫にとっては損失だったが、結果的にはタルコフスキーのような貧しく才能ある人々を精神面でも物質面でも助けることになった

     1940年代と言えば、“スターリン独裁”の時代である。言論の自由もなく、罪もない人々が収容所に入れられ、総じて計画経済のもとでは効率が悪く、等などという一般的に流布されたイメージがある。だが、歴史の現実はそれほど単純ではない。カタソーノフ博士のいう“スターリンの経済”は、日本の教条主義的な“マルクス=レーニン主義者”その他“何々主義者”或いはその“反対者”には一生理解できないであろう。それは、実践と試行錯誤の産物である。博士自身、スターリン経済モデルの復活は、“何々主義”に囚われない“新しい人間”が登場しない限り、無意味だとさえ述べている(前掲書、119ページ)。
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    ヌリ・ビルゲ・セイリャンと映画文化の黄昏

     タイトルを誤解して欲しくないのだが、私はこの記事でヌリ・ビルゲ・セイリャンという非常に誠実で稀有な映画作家を批判するつもりはない。その逆である。彼の最新作にして、日本での初劇場公開作『雪の轍』Winter Sleep(2014)は、彼の映画作家としての成熟だけでなく現代社会に対する思索の深さをも示しており、過去10~15年の世界の映画芸術における最も貴重な成果であるとさえ言えると思う。
     
     私は4年前に刊行された自著『映画 崩壊か再生か』の中で、セイリャンの映画作家としての個性やキャリアが、ヨーロッパの映画文化と不可分に結びついている事を示した。この本では、映画文化の構成要素や発展過程におけるそれら構成要素の作用による影響の実例を多数挙げてある。この本の基本思想を手短に説明すれば、映画文化の担い手としては映画の制作者達は、観客や映画産業その他の構成要素と同等の意義しか持っていない、ということである。それゆえ、映画文化の発展も衰退も、映画作家達だけの努力や意志によってはどうすることもできない、ということにもなる。先進諸国における映画文化の黄昏は事実であるが、優れた映画作家に期待できるのは、悪化する条件下でうまく自分の創作家としての個性を開花させ、あれこれの構想を現実化することだけである。
     
     『映画 崩壊か再生か』を執筆した当時、私はまだ前作『昔々 アナトリアで』は見ていなかったのだが、それ以前の彼の作品は全てDVDで観ていた。DVDはロシアやイギリス、アメリカ製のものであり、中にはセイリャンのインタヴューや制作中の記録映像が特典として収められているものもあった(日本語字幕は勿論ない)。最初にスクリーンで観た彼の作品は、日本で一日だけ特別上映された『昔々 アナトリアで』だったのだが、冗長の感を免れなかった。個々の映像やエピソードには見るべきものがあるとはいえ、157分の上映時間に対してドラマが希薄すぎると思えたのである。クレジットに、原案がチェーホフの小説らしいことが書かれていたので、ドラマが希薄なのも道理だと思ったが、セイリャンもついに「巨匠病」(スケール感や上映時間、技巧の完璧さにばかりこだわるようになる創作家の病気、私の造語)にかかったのではないか、だとしたら残念なことだと感じた。


     今回の『雪の轍』は更に上映時間が長いので、前作と同様に冗長になってしまったのではないかと危惧していた。昨年カンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞した際のレヴューを多少は斜め読みしていたので、濃厚な室内劇の要素が強いらしい事は知っていた。それ以外の予備知識は(公開予定や劇場名等、観賞に必要な情報以外は)持たないようにしていた。

     作品自体は、最初に書いたように10~15年に一度現れるかどうかの傑作である。
     昨年斜め読みした海外のレヴューも、劇場で初めて目にしたチラシに寄せられた多数の賛辞や感想も、これから鑑賞しようという人に対しての導入としては殆ど役に立たないと思う。この映画は、映画におけるドラマツルギーに新しい境地を開拓している。だから決まり文句のような賛辞も、コメントを寄せた様々な人々が自分の専門の立場から書いたコメントも、ほとんど何も伝えてくれないのである。
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    映画文化の「二重システム」化 ―21世紀の展望③

    映画文化2.0がもたらす新しい視点と美学

     私の予想では、それは文学よりも「ジャーナリズム」と呼ばれている領域に変革をもたらし得る。ジャーナリストは、これまでよりも映像資料の読解や解説に多くの時間を割くようになるだろう。そう考える理由は、映画文化2.0では、映像や音の、資料、データ、記号としての性格が強く意識されてゆくと思われるからである。世界中でプロやアマチュアによってヴィデオカメラや携帯電話で、或いは様々な無人観測装置や監視カメラで記録され続けている映像は、かつて人々が備忘録や写真用カメラで記録してきたよりも遥かに多くの情報を、同時代人に提供し、後世に残すことになる。その映像資料の最大の保管所がインターネットである 。
     
     かつて映画文化1.0は、シネマトグラフと映画館の暗闇という魔術的体験をもたらす装置と、近代西欧における宗教の代替物としての芸術の概念とから出発し、あくまで映画というメディアの「オーラ」に固執し続けた。映画文化2.0では、画質の経年劣化、既成の映像や音声の二次使用、スタイルの混合や既存作品のパロディーといった、1.0の敬虔な信奉者にとって長らくマイナスの価値や例外を意味したものが、創造の基盤となる。それは、1.0で過剰に称揚された作家的個性を、限りなく匿名に近い謙虚なものに変えると共に、作品の構成に対する数学的或いは音楽的な感受性を培うものになる。
     
     映画文化1.0が、後期ロマン主義の音楽やワーグナーのオペラのように、豊穣なテクスチュアと複雑な旋律(映画ではプロット)、そして時間的・空間的な大規模化を目指していたとするなら、2.0はJ.S.バッハに代表されるバロック音楽のように、ミニマルで多くの場合匿名的な素材を数学的な緻密さで組み合わせ、短時間で大量の「情報」を伝達することを目指すだろう。そこには独自の象徴主義や新しいジャンルが現れるかもしれないし、1.0では周辺的でしかなかった表現や鑑賞の傾向が優勢になるかもしれない。1.0と2.0とは、お互いの持たない要素を保持しつつ、相互に影響し合うようになると思われる。その兆候は既に見られる。映画文化の二重システム時代は既に始まっているのである。

     

    テーマ : 映画
    ジャンル : 映画

    tag : 映画文化

    プロフィール

    Shusei Nishi

    Author:Shusei Nishi
    私の専門は映画であり、映画と音楽には相違点も勿論ありますが、多くの共通点もあります。個人的には、映画は現在の形よりもっと音楽的であっていいのではないかと考えています。

    ここでは批評やレヴューというほどではなく、偏愛する音楽と映画、そして生活全般における“別の選択”について書いてゆきます。

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