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    ハードSFというジャンルの難しさ

     SFファンならばご存じだろうが、グレッグ・イーガンというSF作家がいる。
    普段は専門の映画のことで多忙な私だが、90年代以降に登場したSF作家の中では注目した一人である(もう一人はグレッグ・ベア)。
     文系の私にとっては、イーガンはの作品はハードSFの印象が強いが、翻訳家の山岸真によれば哲学小説であるという。確かに、彼の作品には故スタニスワフ・レムの小説に似た、科学と哲学との間を往復するような思索がある。イーガンはレムと違って、SFというジャンルが娯楽として発展してきた歴史も踏まえているようであり、プロットの展開や発想には明らかに「SF市場」に対する配慮や戦略がある。
     
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     実は私が2004年頃に書いた『リマインダー』は、少なからずイーガンの諸作品から影響を受けている。だが、映像化も念頭に置き、当時の邦画界の“エンターテイメント至上主義”的な雰囲気も考慮しつつ書いた作品であることと、私自身が理系出身ではなく別の指向性が強いことから、ハードSF的な要素はそれほど出ていない。
     
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     そもそも私は、タルコフスキーの『惑星ソラリス』は評価してもキューブリックの『2001年宇宙の旅』は人間ドラマの不在ゆえに極めて退屈に感じる人間である。私が読者や観客としてフィクションにハードSF的な要素を求めるとすれば、それは物語の信憑性と人間ドラマの前提条件としてだけである。

     映画の世界でイーガンと似た気質の作家がいるとすれば、かろうじてクリストファー・ノーランの名前を挙げることができるだけだ。もっとも、それはノーランの『インセプション』が「理系的」なハードSFとして成功しているという意味ではなく、(疑似)科学的ディテールへのこだわりとプロット構成の妙とがバランスを取っている、その戦略においてである。
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     ハードSF小説を原作とする大抵の映画が失敗する理由の一つは、物語世界に信憑性を与える手段が小説と映画とでは全く異なっているからである(前者は論理的に構築すべき記号システムの一部としての表記文字、後者は最初から曖昧さと多義性を含む映像と音)。映画のスクリーン上では、無音の宇宙空間に浮かぶ『2001年』のディスカバリー号は、なぜか爆発音と共に消滅する『スターウォーズ』のデス・スターや、核爆発を利用してブラックホールの重力から逃れる『スタートレック』のエンタープライズ号と、ほとんど同程度の信憑性しか得ることができない。
     SF映画における科学的考証は、その精度に比例して映画的イメージの信憑性が増すものではないが、それを完全に無視すれば信憑性はゼロになる。映像が照明や構図や対象の運動速度によって印象を変えるものである以上、『2001年』の過度に科学的考証を意識して平板な照明と間延びした運動で示されるディスカバリー号その他は、非常に短時間しか登場しない『惑星ソラリス』の軌道ステーションに比べて、より映画的であるとも必要不可欠であるとも言えない。
     
     原作つきにせよオリジナル企画にせよ、ハードSFというジャンルは、映画にとっては非常に難しい。予算がかかる割に観客動員がそれほど見込めないからだ。もちろん、製作される時代やジャンルの定義によっても違いはあるだろう。『禁断の惑星』(1956)
    をハードSFと見なすなら、製作された当時としてはまあ商業的に成功したのだろう(製作費は推定で190万ドル、アメリカでの興行収入は300万ドル、これに輸出による利益も加わる。http://www.imdb.com/title/tt0049223/business)。
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    ノーランの『ィンセプション』は、ハードSFというよりもアクション映画やサスペンス映画に近い。もともと「ハードSF」というSFのサブジャンルは、アクションやサスペンスや冒険映画というような、観客入りのいい映画のジャンルとの相性がよくない。考証、説明、科学的な推論や考察が、展開のスピードを遅滞させてしまうからだ。かといって、それらをテンポの良い台詞を使って設定に織り込む誘惑に負けてしまうと、観客層がかなり限定される(どの程度限定されるかは、時代の状況にもよるだろう)。つまりオタク向け作品と見なされる危険がある。『惑星ソラリス』やソダーバーグの『ソラリス』は、その点をうまく回避していた。

     実際、誰もが最新の科学的成果や科学ニュースに関心を抱く社会など、想像すらできない。一般観客や大半の読者は、あれこれの科学技術が応用されてiPadなりKindleなり、日用品や身近な商品となった時や、ある科学的発明によって自分達の生命が危険にさらされた時に初めて、それらに関心を持ち始める。原子炉格納容器などという言葉も、福島第一原発事故後に初めて、日常会話でも使われるようになった。だからハードSFの読者層は常に少数派なのである。
     
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    テーマ : SF小説
    ジャンル : 小説・文学

    tag : ハードSF、リマインダー

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    プロフィール

    Shusei Nishi

    Author:Shusei Nishi
    私の専門は映画であり、映画と音楽には相違点も勿論ありますが、多くの共通点もあります。個人的には、映画は現在の形よりもっと音楽的であっていいのではないかと考えています。

    ここでは批評やレヴューというほどではなく、偏愛する音楽と映画、そして生活全般における“別の選択”について書いてゆきます。

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