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    古くて新しい映画の美学―新刊の構想について

     去る9月に『ロシア版ホームズ完全読解』という、やや趣味的な内容の本を出したばかりなのに、もう新刊の構想が固まりつつある。

    ロシア版ホームズ完全読解ロシア版ホームズ完全読解
    (2012/09/12)
    西 周成

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     私はもともとミステリや推理小説のファンではないし、シャーロキアンでもない。SFはかなり読みん込んでいるし80年代の日本製アニメも「アニメオタク」や“サブカルチャー”論者とは全く違う観点でそれなりに評価している。私の専門は、現代ロシア映画であるが、実はもう一つの専門分野がある。“詩学”としての映画理論である。今度出そうと考えているのは、そのもう一つの専門分野における、これまでの研究実績を中心とするものだ。
     
     私が“詩学”としての映画理論について考え始めたのは、もう15年か、もしかすると20年近く前である。ベラ・バラ―ジュやエイゼンシュテイン、アルンハイムといった、第二次大戦前の映画理論の古典を読むうち、それらが記号学以降の映画理論よりもはるかに創作者の観点に近く、“アカデミック”な厳密さはない代わりに、映画制作と創造的鑑賞の双方に益する観点を含んでいることに気づいた(私は昨年刊行した『映画 崩壊か再生か』の中でも、そのような文脈でバラ―ジュの映画論を再評価した)。

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    (2011/09/20)
    西 周成

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     ドゥルーズの『シネマ』等には私はあまり関心を引かれなかったし、哲学者に限らず、大学人がたとえどれほど映画ファンであろうと“映画をネタに”自分の専門分野における考察を強引に展開するような書物には、ちょっと付き合いきれないという気がしている。なぜなら、我々、創造的な人間の人生は社会における不利な立場ゆえに、非創造的な俗物の人生よりも通常は短く、芸術は長いからである

     さて、ここまで読んで、例えば公務員やサラリーマンとしての平凡な人生を何よりも尊ぶような読者は、そろそろ嫌気がさしたであろう。そのような方は、私の新刊の良き読者にはならないと思うので、この後の文章は読まなくても結構である。
     
     その本には、黒澤明の『影武者』と『』に関する二つの論文が含まれるだろう。一つは、1995年に早稲田大学演劇学会発行の「演劇学」第36号の巻頭論文であり、もう一つは、1996年にロシアの映画研究誌『映画学紀要』(Киноведческие записки)第31号に発表されたロシア語論文の邦訳である。後者は現在でもロシア語ネット上で筆者に無断でスキャンされた全文が幾つも見つかり、ある中央アジア人の黒澤明関連サイトにまで「単に長大であるだけでなく、記念碑的な論文」として紹介されている。あまりにも日露での認知度の差が大きいので、私の経営する会社のネットショップで電子書籍としても販売してきたが、流用・盗用・無断引用のリスクがあるため、今回正式に日本語書籍に所収することにした。

     この二つの論文は、日本語を母語とし、映画のドラマツルギーについて探求したい人日本映画と日本演劇との相互関係を研究したい人、そして芸術としての映画の創造を脱俗的なレヴェルで行いたい人にとっては、必読文献であろう。『影武者』と『』に関して、この二つ以上に緻密かつ論理的な批評や論文は、日本語ではまだ書かれていないのである。それはそうだろう。同じ発見を二回することは不可能だからだ。
     今回、不備を直そうとして読みなおしたが、「演劇学」に発表した論文に一部ロシア語と英語の用語にミスが見つかった以外、2,3の些細な誤字しか直すべきところがなかった。これらの論文執筆後に発売された映像ソフトや書籍への言及がないことは仕方がない。学術研究とはそのようなものだ。改稿つまりアップデートしないのが誠実なのである。

     その他、セルゲイ・パラジャーノフの『ざくろの色』を中心とする後期作品についても、批評又は論文を書き下ろそうと考えている。もしかすると、「現代映画 構成とドラマツルギ―」で十分詳細に述べることができなかった、映画作品における作者のヴィジョンの具体化について、創作者向けに何か書き下ろす可能性もある。そこでは、なぜコ―ジンツェフの『ハムレット』がオリヴィエやブラナーの同名作品よりも映画的なのか、なぜパラジャーノフは見るべきところのない凡作を4本も撮った後、40を過ぎてから傑作『火の馬』を作ることができたのか、といったことにも触れられるかもしれない。

     発行部数はそれほど多く考えていない。キンドル本でしか出せない可能性もある。いずれにしても、読むべき人間だけが読めばよい。価格は当然ながら、通常の本よりも高めに設定されるだろう。そのようにしてしか、芸術文化というものは存続も発展もしてこなかった。これはどこの国でも、どんな時代でも同じことだ。趣味としての鑑賞はともかく、芸術作品の創造や研究は、絶対に大衆的ではありえないからである

     


     
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    テーマ : 日本映画
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    tag : ロシア版ホームズ完全読解 『映画 崩壊か再生か』 火の馬 影武者 ドラマツルギー

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    プロフィール

    Shusei Nishi

    Author:Shusei Nishi
    私の専門は映画であり、映画と音楽には相違点も勿論ありますが、多くの共通点もあります。個人的には、映画は現在の形よりもっと音楽的であっていいのではないかと考えています。

    ここでは批評やレヴューというほどではなく、偏愛する音楽と映画、そして生活全般における“別の選択”について書いてゆきます。

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