スポンサーサイト

    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。

    グローバリゼーションの後に見えてくる世界

     “グローバリゼーション”なる言葉はいまや使い古された感がある。
     
     現在この言葉は、主に経済・ビジネスの領域で用いられている。冷戦終結後、経済面ではほとんど世界全体が一つの“市場”と化したが、インターネットの普及により経済関連情報が瞬時に国境を超えて伝わるようになってからはグローバリゼーションの矛盾と袋小路が次第にはっきりしてきた。

     世界同時不況と呼ばれる現在の状況は、EU、アメリカ、日本といった世界の主要な経済大国又は経済ブロックにおいて最も深刻であり、どうやら抜本的な解決法はない。この経済停滞の原因は、人口構成の変化(高齢化)や技術革新の停滞といった個別的な問題ではないだろう。というのも、人口が増加し続け高齢化も日本ほど進んでいないアメリカでも、技術革新が停止したわけではない日本でも、不況からの出口は見えていないどころか、状況はむしろ悪化し続けているように見えるからだ。

     新しい産業セクターの創出や“生産力”の増大が根本的な解決にならないことははっきりしている。というのも、EUでもアメリカでも日本でも、過去四半世紀の間に平均的国民の購買力は下がる一方だったからだ。中間層(Middle Class)の多くが貧困層に転落し、世代間の所得格差や若年層の失業率が増大している、これはEU、日本、アメリカ共通の問題である。
     一方で、富裕層も増えたという意見もある。実際にそうだとしても、その一握りの人々の消費によって国の経済を支えることはできまい。いくら製品を生産してもサービス産業の新領域を開拓しても大半の人々にそれらを購買する余裕がなければ、消費が伸びないのは当たり前である。

     無限に続く経済成長は、もともとフィクションでしかない。資源は有限であり、普通に労働している人間が生活の維持以外で商品やサービスの購入に費やせる時間と金銭も有限であり、必要以上の“快適さ”や“利便性”の獲得は、過労死するほど働き続けるモチベーションにはならない。
     それ故、大衆がある程度満足し得る生活水準に達した先進国で経済成長を続けるには、生活に不可欠とは言えない新しい製品やサービスの消費に向かうよう人々の心理を操作し、更には全体として彼らが製品やサービスを購入しやすい程度に価格を下げる必要があった。1980年代以降、先進国で起きたのはそういう事態である。
    続きはブロマガを購入して楽しもう!
    このコンテンツはブロマガ(有料)です。
    購入すると続きをお楽しみいただけます。
    ブロマガって何?
    プロフィール

    Shusei Nishi

    Author:Shusei Nishi
    私の専門は映画であり、映画と音楽には相違点も勿論ありますが、多くの共通点もあります。個人的には、映画は現在の形よりもっと音楽的であっていいのではないかと考えています。

    ここでは批評やレヴューというほどではなく、偏愛する音楽と映画、そして生活全般における“別の選択”について書いてゆきます。

    最新記事
    リンク
    Amazon e-Store Alternative Life
    Related Items on Amazon.co.jp

    Copyright © Notes on Music, Cinema and Culture by 西周成 All Rights Reserved.
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。