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    “哲学者”マルティノフ

     芸術家は、自己の世界観を作品に具現させるものである。単に“反映”させるのではなく、“具現”させる。“エンターテイナー”との違いはそこにある。ある程度以上の長さ(或いは空間的な延長)をもった作品全体に“具現”することのできる世界観は、単純なものではありえない。それは要約することなど不可能なのだ。作者によっては、作品に具現するだけでは足りないスケール(或いは複雑さ)の世界観を持つ場合もある。そのような場合、彼らは“執筆”を通じて、創作だけでは表現できない思想を伝えようとする。作曲家ウラディーミル・マルティノフも、たぶんその一人だ。

     日本で比較的知られている彼の曲は、Come In!その他のキリスト教的なモチーフによるものが多い。私自身も、最初は彼の創作をその観点から理解していた。実際、それらの曲は現代の音楽には珍しい崇高さや美によって際立っている。彼自身、ロシアの神学校で講義もしていたらしい。だが、最近の作品には以前とは違って宗教色がない。フレーブニコフの詩に基づく作品などは、アヴァンギャルドと呼んでもいいくらいだ。
     また、最近は著述活動も盛んに行っているが、著書の一つ『アリスの時間』では、タルコフスキーの『サクリファイス』の最後のシーンから『徒然草』の一節を連想したり、モスクワで最も広い“ノヴォスラボーツカヤ通り”が自分にとっての「故郷(ロージナ)」なのだと述べたりしている。そこではエッセイ的な自由なスタイルの中に、哲学的な思索が自然に融け込んでいる。

     Youtube上には、ドキュメンタリー映画やラジオ出演における彼のインタヴューがかなりアップロードされている。彼の発言はしばしば意外性に富む。例えば、作曲家としての自己形成に最も影響を与えた音楽的体験として、グレン・グールドのモスクワ公演で聴いたバッハ、キング・クリムゾンのアルバム、それにセロニアス・モンクといった、一見無関係に見えるものを挙げている。また、自己のアイデンティーを否定するかのような「作曲家の時代は終わった」という発言もしている。彼の音楽はスタイル的にはミニマリズムに分類されているが、彼自身も“音楽における最後の偉大な潮流はミニマリズムだった”と述べてもいる。彼によれば、ミニマル・ミュージックは「奇跡の待望」を表現しているのだという。
     
     マルティノフは、10代の後半の時に「雪どけ」(1950年代後半から1960年代前半のソ連における、スターリン批判後の一時的な自由化)を体験した。それに続く60年代後半以降、80年代前半までは「停滞の時代」だった。60年代でさえ大っぴらには表現できなかった宗教的ニュアンスは、「停滞の時代」に歓迎されるはずもなかった。ペレストロイカが始まって言論・表現の自由が回復されると、音楽に限らずソ連の文化界で70年代から潜在的にあった宗教への接近(ロシア文化にとっては「回帰」でもある)が顕在化した。90年代のマルティノフの代表的作品に宗教曲が多いのはそのためである。つまり、彼の宗教曲は単に個人的な表現であるというだけでなく、当時のロシアにおける文化的潮流を反映したものと言える。

     だが、現在の彼はむしろ、人類学的或いは文明論的な発言をすることが多い。フレーブニコフの詩に基づく作品もその文脈で作られたものだろう。面白いことに、彼は2006年制作の「宗教的」テーマの映画『島(Остров)』で音楽を担当しているが、映画自体は“平面的”であるとして評価していない。宗教的な映画としては、むしろラース・フォン・トリアーの『奇跡の海』(1996)の方を高く評価している。今後人類の文化は文字中心からヴィジュアル中心になっていくだろうとも語っており、その思索はますます哲学的な色彩を強めているようだ。漂々とした物腰と穏やかな語り口は、その該博な知識と合わせて現代という時代の「年代記者」としての才能も示している。(下の動画は、本来は経済情報を専門とするラジオFinamFMによるもの。対談の内容は非常に高度であり、前記の『島』や『奇跡の海』に関する評価もここでの発言。経済情報チャンネルにこんな番組があること自体、いかにもロシアらしい。)

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    tag : ウラディーミル・マルティノフ セロニアス・モンク

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    Shusei Nishi

    Author:Shusei Nishi
    私の専門は映画であり、映画と音楽には相違点も勿論ありますが、多くの共通点もあります。個人的には、映画は現在の形よりもっと音楽的であっていいのではないかと考えています。

    ここでは批評やレヴューというほどではなく、偏愛する音楽と映画、そして生活全般における“別の選択”について書いてゆきます。

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