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    EUの遅ればせな「ウクライナ右派勢力」批判

     EUは今頃になってようやく、自分達があれほど支持してきた「ウクライナ革命」が民主主義と何の関係もないクーデターであったことを認めざるを得なくなったようだ。
     Russia Today(RT)の報道によれば、EUの外交問題主任代表カテリーナ・アシュトンは、ウクライナの右翼勢力が圧力をかけて同国内務大臣を辞任に追い込んだことに対し、彼らが「非民主的」な行動を止めるよう求めた

     
     このブログで何度も述べてきたように、ウクライナの現政府(臨時政府)は、他でもない極右民族主義勢力の暴力に頼ることでヤヌコヴィチ政権を倒したのであり、そこに民衆の意志はほとんど反映されていない。特に同国東部や南部では、彼らの「政府」を認めない人々が多いのである。それは「ロシアの圧力」があったからではない。アルセニー・ヤツェニュク首相を中心とする臨時政府が、極端に民族主義的で軍国主義的な政策(ロシア語の禁止、共産党の禁止、核軍備の復活)を掲げる一派と極右的軍人との協同によって成立したものだからだ。

     このことは、2月後半までには明らかであった。キエフを中心とする同国西部で起きた騒乱のルポ映像を、もう一度見直してほしい。RTの記者達が勇敢にも現場で撮影してYouTubeにアップロードされているものが、今でも視聴可能なはずである
     今月下旬になって、極右民族主義者の軍人アレクサンドル・ムジチコが警官隊によって射殺され、このことによって右派勢力から内務大臣への辞任要求が出された(以下の英語記事を参照。殺されたムジチコの過激な活動を記録した動画も埋め込まれている)
    http://rt.com/news/sashko-bily-dead-reports-013/#.UzEWthA3yK4.twitter

     ロシア語が分かる人やウクライナ語が分かる人には、先日RTによって中継されたウクライナ国会の様子が参考になる。ほとんどの議員がウクライナ語で意見を述べ、圧倒的多数派が「ウクライナに栄光を!」という言葉で演説を終えている(そんなことが現在、他の国であり得るだろか?)
     あの国ではロシア語話者も多い。だがロシア語で演説している議員は2名だけであり、一人はヘルソンス(クリミア地方の一部)の代表であり、政府に対して、敵意を煽るのではなく、人々に仕事やパンを保障して欲しいと訴えている。「あなた方は何も創造できず、国家を破壊していることを認めさない」と(1:19:33)。もう一人は、ソ連解体後の全ての大統領と国防大臣が、米国の言うがままに軍備を縮小し、中国やグルジアに武器を売り渡し、防衛力を弱めてしまったことを糾弾している。そして、ウクライナの16倍も軍事力のあるロシアと敵対することの愚かさを訴えている(1:52:42)。
     2人ともウクライナ共産党員であるが、イデオロギーとは関係なく、国民の代表として正論を述べている。彼らとは対照的に、多数派の「民族主義者」達は、「ウクライナに栄光を」を唱えてプーチンと「分離主義者」を批判する以外はしていない。つまり彼らに政治的ヴィジョンは何もなく、「敵意を煽る」ことしかできないのだ(無責任なネトウヨと同レベルである)

     ウクライナの「民衆」はどう考えているのだろうか? ハリコフでも、ドネツクでも、クリミアに倣って住民投票を求めるデモが起きた。ある人々は、ロシア編入よりも、ロシア、カザフ、ベラルーシからなる“関税同盟”への加盟を求めている
     決してウクライナ国民の多数派が、反ロシア、親・欧米でかつ軍備拡張主義の現(臨時)政府を支持しているとは言えない。多くの人々は単純に生活の安定を求めているのだ。いかにキエフの時代錯誤の右寄り政府が彼らの意志と乖離しているかは、次の動画を見てもわかる。このダース・アレクセ―ヴィチ・ヴェイダーは部下の「クローンがウクライナ全土で集めた資金」によって大統領選に出馬するそうである。これは日本で福島原発事故の後に現れた「絶対原子力戦隊スイシンジャー」シリーズと同じ、政府への痛烈な批判なのだ。 
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    テーマ : 政治・経済・時事問題
    ジャンル : 政治・経済

    tag : ウクライナ ロシア クーデター 極右

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    Shusei Nishi

    Author:Shusei Nishi
    私の専門は映画であり、映画と音楽には相違点も勿論ありますが、多くの共通点もあります。個人的には、映画は現在の形よりもっと音楽的であっていいのではないかと考えています。

    ここでは批評やレヴューというほどではなく、偏愛する音楽と映画、そして生活全般における“別の選択”について書いてゆきます。

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