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    ペレストロイカ時代のロシア映画: 私的な回顧

     現在、ロシアの一般市民は、ペレストロイカ時代に対して総じて良いイメージを持っていないようである。
    ミハイル・ゴルバチョフは言論・表現の自由を保障し、経済の民営化を推し進めたが、そのぺ―スが多くの市民の意識の変化よりも急激だったため、社会は混乱した。
     
     今でこそ市場は政府がある程度まで“作る”ものであるということを良心的な経済学者達が認めているし、当時のソ連の場合には市場原理の導入が十分な制度改革の前に行われたため失敗したという議論もあるが、ペレストロイカ時代にはただ“自由”と“民営化”の拡大だけを目指していた。人々が混乱し、経済が立ちいかなくなったのも、ある意味、当然である。
    (規模は遥かに小さいが、これに少し似た経験を、日本人も1990年代から2000年代にかけてしている)

     一方、ペレストロイカの時代は、創作家達、特に映画作家達にとっては、かつてなかったほど芸術的野心を実現できる機会があった。何しろ、まだ国を代表するような主要な映画作品(輸出されたり国際映画祭に出品されたりする作品)は、大スタジオで、国の予算で作られていたにもかかわららず、内容面での検閲はゼロに近くなったからだ(もちろん、過度な残酷さや猥褻性は、他の国と同様に許されなかったし、そんなものを大スクリーンで見せようとする映画人はいなかった)。
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    Shusei Nishi

    Author:Shusei Nishi
    私の専門は映画であり、映画と音楽には相違点も勿論ありますが、多くの共通点もあります。個人的には、映画は現在の形よりもっと音楽的であっていいのではないかと考えています。

    ここでは批評やレヴューというほどではなく、偏愛する音楽と映画、そして生活全般における“別の選択”について書いてゆきます。

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